ROAD OF HOBBY IN FC2

本業はYAHOOの方ではありますが、こちらでも似たようなそうでないような事を書いていきます。 FC2に関してはひよっ子なので、宜しくお願いします〆

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ウルトラマンガイア

さて、今日で春休み終了。明日は入学式です。
 
そしてついに私も高校3年生。正直ブログなんてやってる暇じゃありません。
 
宿題?どうせ提出11日だしね!
 
 
 
さて、昨日の話になりますが、ウルトラシリーズの[ウルトラマンガイア]を全編視聴しました。
 
本題にもなりますが、今回は、ガイアの考察ならびに感想を。
 

 
 
まず初めに作品紹介を。
 
1980年代、世界各国で時を同じくして天才が生まれ始めた。そんな天才たちは、やがて互いに意思を疎通させ始め、ネットワークを形成していった。そして西暦2000年、そのネットワーク、アルケミー・スターズの一員、高山我夢は大学の量子物理研究室で自らの意思を粒子加速にシンクロさせる実験を行っていた。その目的は地球の意思を知ることで、我夢は粒子加速領域で大地の底のウルトラマンを見る。なぜ
、そんなことを。我夢は知っていた、地球の危機が近いことを。そしてその危機に対処するべく、我夢を含むアルケミー・スターズは世界のトップに働きかけ、4年間に渡って地球を防衛するための準備を進めていた。だが、ついに運命の日がやって来る。宇宙に発生したワームゾーンから結晶体が落下、結晶体を砕いて巨大な宇宙戦闘獣が現れた。アルケミー・スターズの成果の1つといえるXIGのXIGファイターがただちに出撃するも、初の実戦に性能を生かしきれない。ファイターの苦戦と逃げまどう人々を眼前にした我夢は、自分達の努力が「間に合わなかったのか?」と無力感にさいなまれるが、その刹那、“地球の気持ち”が我夢を包み込んだ。そこには、あのウルトラマンの姿が大地のウルトラマンの誕生である。だがこの時、我夢は知らなかった。自分が2人目であることを・・・。(公式サイトより)
 
 
 
平成三部作のトリを飾り、かつその後のヒーロー作品に強い影響を与えた作品として有名で、今回、私はおおまかな内容は覚えていましたが、ストーリー展開など曖昧な点があったので、今回見返すという選択に至りました。
 
 
 
観終わった後の感想としては、やっぱり秀逸な作品だったなぁと思わされます。
 
様々な挑戦的要素を仕組みながらも、それらの要素全てを無駄にしなかった作品だと私は思います。
 
まず、私が感じた限りでは、この作品は今までのウルトラマンとは違って、若干人間を批判した見方がされているなぁと思います。
 
これまでにもこれまでにもそういった人間を否定的に捉えたエピソードは見られましたが、この「ガイア」は全編にわたってそういった問題が取り上げられているなぁと。
 
主人公は天才と言う設定ですが、「人類と地球を全て守る」という考え方を持っており、それに反発するかのような巧みなストーリー展開が見事だなと。
 
敵は勿論「人間を排除する」宇宙からの侵略者ですが、彼らの理屈を聞く限り、「その考えもアリだな」と思わされるような理屈が多い事も特徴。
 
この作品では「人類」と「地球」を分断した考えが為されており、それらの違いが明確に現れます。
 
まず、[ウルトラマンが2人いる事]
テレビシリーズに主人公と並ぶほどの存在感を持った2人目のウルトラマンが存在していたのは、これと「ウルトラマンメビウス」のみであり、この2人のウルトラマン両方にスポットを当てていくことで物語が進みます。
 
2人目のウルトラマン・アグルというのがガイアの特徴である「人類と地球を分断した作風」にかなり見合う奴で、地球を守るために人類を排除しようと考えるウルトラマンで、「両方助ける道を探す」ガイアと、「地球を守るために人類を排除しようとする」アグルの関係が最大の見所だと思うんです。
 
 
2つ目は[地球の怪獣と宇宙の怪獣を分断している事]
アグルの存在もガイアという作品がどれだけ意欲作であるか証明しているのですが、私はこちらの方がガイアに相応しい要素だと思うんですよね。
 
今までのウルトラマンは、とりあえず人類を中心に物事を考え、それを害する怪獣と戦う、というスタンスでありましたが、今回は若干異例で、登場する殆どの怪獣には大した悪意はなく、それを取り巻く環境的要因を中心に考えている辺りがとても秀逸だなと思いました。
 
中でも地球出身の怪獣は、正しくガイアの大きな特徴である「地球と人類を分けた考え方」を象徴する存在で、大抵倒される怪獣は人間のエゴだったりする。ガイアも所詮人間ですしね。
 
特に、38話のティグリスの回では、狂暴化した怪獣に部下を殺されたヒイラギ参謀が独断で怪獣を攻撃させて怒らせ、地上に出てくるや否や自ら手にかけるという悲劇的なエピソードも展開されています。
 
その点これは今までのウルトラマンとはまた違ったテーマで「正義とは何か?」を考えさせられますし、怪獣の定義についても考えを改めることが出来る良い機会となった作品だと思います。
 
この「怪獣が本当に悪い奴なのか?」という問題提起からも「人間を批判した作風」というのが伺えますね。
 
作風では怪獣が暴れる行為について「地球の叫び」と表現していたのが面白かった!
 
どちらかと言うと、地球の意志としては怪獣も人間も善良な生物という事なんでしょうけど、人間がそれを望まず、自らの利だけで動く。当時流行っていた無差別殺人なんかとも、本当に若干とは言えど関わっているのかも。
 
特に、第8話で、我夢の友人だった女性が言い放った
 
「人類だってたまたま進化し過ぎただけで、その時が来れば地球はきっと人類を見捨てるわ」
 
というセリフが印象的です。
 
それに対する我夢の答が、
 
「それは違う。だって、そでなければ、ウルトラマンなんていないから・・・」
 
って答えるわけですよ。勿論これまでのウルトラマンだと、人類だけでなく、地球も守らなければならない。
 
しかしそれだと地球怪獣を殺す事も定義に反してないか?ウルトラマンなんて結局は人類に賞賛されたいだけじゃないか?
 
そういう疑問に真っ向からぶつかっていったのがこの作品で、8話でのやり取りは今見ても非常に感慨深いです。
 
 
 
一方で「宇宙怪獣」は「地球を大事にする地球怪獣」とは違って、破壊を目的としているのか?
 
勿論それも違って、「人類の破滅を望む破滅招来体によってテリトリー以外の場所に連れ出され狂暴化している」という設定になっており、宇宙怪獣にそれなりの破壊理由も設定されて、正しく「何が正義なのか分からない」という、これまでのウルトラシリーズではごくまれにしか無かったものを毎回化してるのが良かったですね。
 
「怪獣共存」というテーマを微妙に複雑化したのが「ガイア」で、これを単純に子供に伝わりやすくしたのが次作「コスモス」であり、そういう意味でもウルトラマンの新たな可能性を生み出したのではないでしょうか。
 
 
 
 
従来には無いドラマ性に富んでいて、大河的脚本のようなストーリー展開を行うのも「ガイア」の特徴で、1話完結のエピソードが多いウルトラシリーズの中でも、一際異彩を放っているかと。
 
アグルと言う2人目のウルトラマンの存在がいるから、でもあるのですが、キャラクターが引き継いでレギュラー化したり、同じ怪獣が何度も再登場したり。
 
1クール目ではガイアとアグルのそれぞれの活躍を描いていますが、2クール目からは両者の考え方の違いによる衝突と決着、3クール目ではアグルの力を得たガイアの新たな戦いを描くと同時に、怪獣が悪ではなく、人間にも問題があると描き、4クール目ではアグルが復活して、破滅招来体との決着を描く。
 
この間に丁度いいテンポでマイナスのテーマの話が盛り込まれており、考えさせられる話になってるのが良い感じ。
 
怪獣が出てくる理由も明確で、アルケミー・スターズが予見した「破滅をもたらすものの出現時期」にコッヴが登場と、視聴者にとっても見やすかったのではないでしょうか。
 
上記の怪獣がどうたらこうたらだけでは、この作品が唯単に理想論を掲げているだけのようにも見えますが、この他の要素が入ることを許さない油断も隙もないスピーディなストーリー展開。
 
 
 
そして、作品の主人公が天才と言う設定のため、随所に科学用語が盛り込まれていたのも良かったですね。この怪獣がこうこうこうだからこうこうこういう対策を・・・という戦略的要素も盛り込まれていて楽しかったです。
 
 
 
 
 
 
で、テーマやストーリーが素晴らしいだけでなく、子供受けしやすいようにキャラクター的にも様々な新機軸が盛り込まれていたのも関心。
 
アグルというウルトラマンの参加は勿論ですが、ガイア自体もそれなりに新規要素が見られました。
 
「タイプチェンジ」が2作続いたことのマンネリを打破し、特撮ヒーロー初の「強化型」となった事。
 
また、如何にも子供受けしやすいようなずば抜けて強いスプリームヴァージョンを後半から導入するなど、スタッフのやる気はかなりのもの。
 
また、特捜チームXIGが3人1組のチーム編成で行動し、戦闘機はコンテナ型となり戦闘母艦に収納されるという凝った設定にも注目。
 
これにより玩具の売れ行きも上昇。私も楽しく遊んでいたのも覚えてます。
 
 
あとは、怪獣のデザインや能力。14話登場のアンチマターは物質と反物質を反転させてこの世を反物質の世界に飲み込もうとしたり、人の頭脳を覗いたりマインドコントロールを働くメザード、奇抜なデザインのガンQなどなど・・・。
 
決して難しい話続きで子供を置いてけぼりにする展開ではなかったですね。
 
 
そして何よりキャラが多い。XIGというチームの性質上、メンバーは大jのですが、それでも誰一人として空気キャラにならない、これは本当に素敵。
 
 
 
 
これだけ詰め込んでも、やっぱり若干の欠点はあるかなとも思います。
 
1つ目は「要素を単純化させ過ぎてコスモスへ負の遺産を継がせてしまったこと」
 
ガイアの良い所はやっぱり怪獣と人間と地球という、この3つの関係を同時に描くことで、怪獣の命の重さとか、人間の過ちとか、そういうのが描かれる事だと思うんですよ。
 
複雑だからこそ意味がある、命の重さを扱うにはガイアくらいの複雑さが丁度良いわけでw
 
次作のコスモスでは、それをあまりにも単純化してしまって、ただ単に「怪獣を救うのが正義」と甘すぎるテーマになってる気がするんですよねぇ。
 
勿論コスモスにも良いところはあるのですが、コスモスはガイア見た後だとあまりにも軽い。まず怪獣を救う事が第一で、その他が重視されてないのはちょっと・・・。
 
ガイアであれだけ多くの人が悩んだことを、コスモスでは当たり前のようにやってしまう。これいかがかとw
 
勿論これは欠点と呼ぶにはちょっと違う気がするんですが、やはり進化しなければいけないシリーズ物において、次作で前作で養われた要素を勘違いしてやってしまうのでは、やはりシリーズとして問題ですよw
 
 
 
2つ目は「ストーリーの起伏の激しさ」
 
あまりにも持続性の高いエピソードのため、中盤以降がちょっとたるいんですよね。2クールも使って2人のウルトラマンの葛藤や関係、怪獣の在るべき姿を描いたのに、ガイアV2出てからアグルV2出るまでがちょっとたるいんですよね。
 
アグルがいなくなって、ガイア1人になるわけですが、やっぱそれだと出てくる怪獣をガイアがバンバンやっつけるだけの単純ストーリーで・・・。
 
勿論深みのある話も多いのですが、基本的につまらない話が多い。ルクー回とかウルフファイヤー回とかアルゴナ回とか誰得w
 
しかし、後にアグルV2となる藤宮が再登場する事で、再び「人間を批判した作風」が戻ってくるので、結局面白くなるんですけどね。
 
[悲しみの沼]は平成ウルトラの中でも屈指の名作だと思う。
 
 
 
 
 
 
色んな挑戦的要素を盛り込みつつ、それらを全て消化した作品「ウルトラマンガイア」
 
近年の消化不良感が漂う近年の特撮も見習ってほしいと思った特撮作品ですね。
 
 
是非一度見ていただきたいです!
 
 
 
 
 
 
 
それでは!
スポンサーサイト
  1. 2012/04/04(水) 20:06:13|
  2. 作品紹介
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ウルトラマンティガ

さて・・・明日遂に卒業式なわけですよ。
 
先輩数人とは大分仲良かったなぁとwラーメン奢ってもらったのは良い思い出w
 
そして・・・明日プレゼント何渡すか考え中と言いますかw
 
 
 
 
 
 
さて、最近放送されている「ウルトラマン列伝」、この地域では全く放映しておらず、一度も見た事は無いのですが、やはり最近ではティガのエピソードの推しが多かったようで、改めてティガの素晴らしさに気付いたわけですよ。
 
同時に放映されていたらしい「コスモス」のぬる~い感じのエピソードと比べると確かにティガは面白い話、グッとくる話多かった気がします。
 
 
ってなわけで、今回はティガと言う作品の解説を。
 
 
 
 
 
まぁ、どんな話か簡単に説明すると、3000万年前に地球を守護していた3人の巨人の石像が見つかり、2体は突如現れた古代怪獣に壊されてしまうのですが、光の遺伝子を持つマドカ・ダイゴによって、石像のうちの最後の1体はダイゴと一体化します。そして、彼は石像の巨人―ティガとなり、人類を守る者となるのですが、その「光の力」を手に入れた人類の前には、まだまだ敵が。宇宙人もそれを狙ってやってきますし、怪獣の脅威も。それを「ウルトラマンティガ」が撃破していくと言うものです。
 
 
 
 
 
 
この作品は「ウルトラシリーズの完全復活」をスローガンにして、「ウルトラマン80」以来16年振りに製作された完全新作です。
 
1996年放映だから、私がまだ2歳の時ですね(笑
 
ウルトラシリーズは、「80」の不評を受け、それ以降は仮面ライダーと共にずっと所謂「冬の時代」に突入し、テレビシリーズも劇場版も製作されない時代が続き、シリーズは打ち切られるのではないか?という疑問の声まで上がりましたが、円谷が覚悟を決め世に送り出した作品がティガ・・・というか、「ウルトラシリーズ生誕30周年」だったので、そりゃぁ何かしらの期待はこめてたと思いますがね(笑
 
まぁこの時期は「仮面ライダーBLACK」「仮面ライダーBLACK RX」が放映されるまで、仮面ライダーも冬だったんですがねー・・・ライダーはRXがヒットしたにも関わらずクウガまで新作無しと言う意味わからん状況だったのですが。
 
ティガが放映されるまでの日本の男児キャラクターの3本柱は「スーパー戦隊」「メタルヒーロー」「キン肉マン」で、本当に今の特撮3本柱があるのはティガがあったからと言うか何と言うか。
 
 
 
 
話が逸れましたが・・・ウルトラシリーズは「ウルトラQ」に始まり「ウルトラマン」~「ウルトラマン80」までずっと世界観が共通のシリーズを一貫して続けて来たわけですが、「ティガ」ではこれまでの世界観を一新、別世界での物語という意気で製作されています。
 
勿論主役であるティガは「光の国出身の宇宙人」ではなく、「古代の守護神」という設定になっています。
 
ただし、あくまで「ウルトラシリーズ」なので、防衛隊も存在していますし、怪獣登場→防衛隊迎撃→主人公がウルトラマンに変身→怪獣撃破!というカタルシスは変わらず。この辺はやはり円谷クオリティです。
 
 
 
で、総評としては、今思い返しても本当に面白いシリーズだったなぁと思わされます。
 
いや、何がって、16年経って根本的にウルトラマンが「宇宙人」ではなく「古代の守護神」な点ですよ。
 
宇宙人タイプのウルトラマンは人間と「一体化」し、変身して戦うときには人格を入れ替える・・・といいますか、要は1人の人間が身体の中に自分ではない絶対的な人格を抱えているんですね。それで怪獣と戦うのはそのもう1人の自分で・・・。
 
一方ティガからは通称「人間ウルトラマン」と呼ばれ、石像と一体化したのはあくまでダイゴ自身なんですね。だから変身後もダイゴ本人の意思が反映される。所謂戦っているのは完全に「1人」なわけですよ。
まぁ、ヒーローと言えば普通の人間(若干普通じゃありませんが)が変身能力を手にし、自分自身で変身して戦うのが普通なんですよね。
 
 
 
更に、ここからがティガの魅力で、ティガに関しては第1、2話で古代の預言者ユザレからちらっとその存在が語られるのみで、後は怪獣や侵略者と戦うのは「ティガ」ではなくダイゴなんですね。
 
この点、「人類の味方である異質の存在」に常にスポットを当て、出生の秘密やヒーローの葛藤などが見られた昭和ウルトラと最も異なる点で、本来のオリジナルの「ティガ」の事情は全くもって無視されるんです。
 
この時点で「ティガ」は完全にダイゴの物であり、意志もやり方も全てダイゴに左右される、もはやオリジナルと同じなのはデザインと能力だけなんですね。
 
だからこそダイゴの物語が生まれるというか、「ウルトラマンは神ではない〆」という有名すぎるキャッチフレーズが最もストレートに伝わりやすい環境を作ってると思うんです。
 
「平成ウルトラ3部作」では人間ドラマが他より色濃くピックアップされていますが、とりわけティガはそういう描写が多く感じますね。
 
特に私が好きなのは最終3部作でのレナ隊員とダイゴの2人になった時にイルマ隊長が放つセリフで、
 
イルマ「最初にウルトラマンをこの目で見た時、私は神に出会えたと思った。人類を正しい方向に導いてくれる存在だと・・・。でも、違うのね。それが段々分かってきた。ウルトラマンは光であり、人なのね。だからあなたは勝ち目のない相手に立ち向かっていく義務なんてないのよ。」
 
そして、ダイゴはこう言い返すんですよ。
 
ダイゴ「勝ち目がないなんて、分かりませんよ。」
 
イルマ「私も運命なんて信じない事にしたわ。だから、必ず勝って!人として!」
 
 
いや、まぁ・・・凄いベタですけどねこの台詞。
 
ウルトラマンは絶対的に神ではない、人なのだと、私が子供ながらストレートに理解した瞬間でした。
 
なんかもう凄いストレートに分かりやすいメッセージじゃないですか、しかも燃える。
 
やっぱりティガの何が良いかって、ウルトラマンを絶対視するのではなく、あくまで主観的な目で、人間であると踏まえた上で、そのウルトラマンを巻き込んでさえも更に人間ドラマを展開する点だと思います。宇宙人ではなくただの人間が光の力を手にしたからこそ、自分達=人類を正しい方向へ導いてくれるのだと。
 
なんかこう・・・上手く伝えられないけど、「光」と「人間」をテーマに描くことによって、昭和のような宇宙人系のウルトラマンにはない魅力を打ち出しているんですよ。
 
ずっと「人は誰でも光になれる」というテーマを掲げていたおかげで、最終回にはそれが良い意味で実現される事になります。
 
最終回の1話前、ティガは全ての元凶である邪神ガタノゾーアに負けて、石像になってしまうんですよ。
 
そして、そのティガを復活させたのは、世界中の子供たちの心に眠る「光」なんですね。
 
子供達のティガを信じる心がティガと一体になって戦う、という描写はちょっと・・・というかかなり見ていて恥ずかしいのですが、信じていれば光になれる、光の助けが舞い降りるという、子供への究極のメッセージが眠っているんだと思います。
 
ヒーロー物はストレートにメッセージを伝えるのが必要!・・・と私は何回も説いてる気がしますが、そういう意味で「求められていた真のヒーロー」は、実はティガの事だったんじゃあるまいか?とつくづく思う訳です。
 
そういう意味でもティガは「平成特撮の革命的作品」だったわけですが・・・残念ながらこの後の作品、ウルトラマンでも仮面ライダーでも戦隊でも、あまりこのような作品は主流にならなかったのが残念ですね。
 
「信じてれば救われる」というのを説いたのは「仮面ライダーW」が当てはまりますが、あれも若干ティガには及ばないかなぁ・・・。
 
世界中の子供達の神となった・・・というか、人類の想いがヒーローを助けたという、単純かつ一番幸福な終わり方。
 
そして、最後ダイゴの手からは変身アイテム、スパークレンスが砂となって消えていくわけです。
 
私個人の考えですが、この描写も「人間には守護神がいなくとも自分達を正しい方向へと導ける」という、初代ウルトラマン最終回的メッセージもあったんじゃないかと。
 
ティガが神ではなくダイゴという人間だったから尚更意味合い強くねw
 
 
 
 
 
そして、ティガは、ダイナという続編的な位置づけの作品はあったものの、ティガだけを見れば、「ただ1つの作品」なわけなので、当然イベント回は少なくなります。
 
ただ、元来の昭和ウルトラマンの良い所だけ受け継ぎ、「単発エピソードとしての完成度」も同時に追求してくれたと思います。
 
例えばリガトロンの回では、乗組員のいる宇宙船がそのまま怪獣化してしまうという悲劇的な物語も描いてますし、ガゾートの回では異色の存在とのコミュニケーションの難しさを方法はともかく表現していますし・・・。
 
特に、ティガのライバルともいえる敵キャラ・キリエロイドの回では、昭和ウルトラマンにはないタイプの、地球ではなく人類を殲滅する、といった、所謂「人類とキリエル人との宗教間の対立」的な要素も見られます。
 
キリエル人も住む場所が違うだけで地球人なわけですから、そういう意味でもウルトラセブン屈指の名作「ノンマルトの使者」を彷彿とさせました。・・・って、あくまでキリエル人はあちらなりの考え方はあるにしろ侵略者であることは変わりないんですが。
 
 
あと、空中生物クリッターが関わる回は名作揃いというのもツボです。特にジョバリエの回では、TPC規模で話が進み、かつ最年少隊員のヤズミが主役と言う意欲作だと思いますね。
 
「死ぬのが怖くないわけ・・・ないだろ!」
 
まぁ、この話だとこれなんですが、ティガは各々の回で魂が震える台詞、描写があるのも好き。
 
 
 
 
あと、舞台設定は2007年で、東京はメトロポリスと呼ばれており、ハロウィンの文化が浸透している、という設定ですが、やけに放送当時の1996年の文化も反映されているのも面白い。近未来的な要素も漂うっちゃぁ漂うんですが、それよりも重視されてるのはやっぱり放送当時の年代で。
 
中でも「男女共同参画社会基本法」が制定されたすぐ後(だったはず)なので、初の女性隊長、イルマが出てきたのも印象的でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
残念なのは・・・主人公に当時忙し過ぎたV6を起用して切羽詰まっちゃった事ですかねぇ。
 
いや、V6はかなり好きで、「学校へ行こう!」なんかも見てたんですが、当時長野さんは忙し過ぎたので、どうも「ティガ」だけに時間を割くことが出来ず、ダイゴは「他のキャラの主演回で絶対的な役割を担うホスト」な事が多いんですよねぇ。
 
「怪獣が主役でウルトラマン=ハヤタはホスト」と同じ意味じゃなくて(笑
 
勿論ダイゴはカッコイイし、架空の中と言えども今でも尊敬はしているんですが。
 
 
 
 
最後になりましたが・・・ティガは「平成の特撮の基礎になった」事も忘れちゃいけません。
 
タイプチェンジ有、世界観というくくりから脱け出した作品、「頭部を削った」デザインである点等・・・。
 
 
 
 
あ~これ書いたらまた見たくなってきちゃいましたねティガ!
 
とにかく、今の特撮に不満を感じている方、本当のヒーロー像を求めている方なんかは、一度見てみる事をオススメします。
 
きっとその答えがこの作品にはあるはず!
 
 
それでは!
  1. 2012/02/29(水) 23:41:53|
  2. 作品紹介
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

海賊戦隊ゴーカイジャー


 
 
今回紹介する作品は、先日見事に大円団を迎えた「海賊戦隊ゴーカイジャー」。
 
 
一言で言えば、「スーパー戦隊系」と聞かれれば、「子供向けで乱雑な物」というのが世間一般の認識のようで、中途半端に特撮見てる大人達も「ライダーの余興」程度の認識でした。
 
しかし、世間に浸透したその愚考を見事に一掃してくれる作品だったように思います。
 
 
 
 
とりあえず、簡単に作品紹介を。
 
 
 
宇宙の全てを我が物にしようとする宇宙帝国ザンギャックの大艦隊が地球を襲撃した。地球の平和を守るために立ち上がったのは、数々の悪から地球を守り続けてきた、34のスーパー戦隊たちだった。
戦いの末、ザンギャックに勝利したスーパー戦隊たちだったが、代償として戦う力を失い、その力はレンジャーキーと言う鍵となって宇宙へ散らばってしまった。彼らはやがて伝説の存在になり、この戦いは後にレジェンド大戦と呼ばれるようになった。
そのレジェンド大戦から数年後。地球に眠るという宇宙最大のお宝を求めて、海賊戦隊ゴーカイジャーと名乗る5人の宇宙海賊が地球に訪れた。お宝を探して地球を散策する5人だが、時と同じくしてザンギャックが地球への再侵攻を開始。ザンギャックの非道なふるまいが気に入らない5人は、勢いで戦いを挑む。
宇宙最大のお宝を探すため、ザンギャックとの正面衝突を覚悟しながらも地球に留まることにしたゴーカイジャーたちだが、彼らにはザンギャックと戦い、地球を守る義理など一切ない。そんな彼らは地球に住む人々や、歴代スーパー戦隊メンバーのレジェンドとの出会いを通して、少しずつ地球の「守るべき価値」を見出していく。
 
 
 
 
今作は「スーパー戦隊35周年記念作品」であり、「今までの戦隊が登場するお祭り作品」となっています。
 
まぁ、「集合」にしては「35」という数字は少々区切りが悪いんですがねw
 
 
 
まず、この作品の最大の特徴は2つあって。
 
1つは彼らが今まで地球を守ってきた34のスーパー戦隊に姿を変えれる事。
 
もう1つは彼等の初期メンバーは全員「宇宙人」であり、今回初めて地球という惑星にやってくること。
 
 
 
特撮において大事な要素の一つに「どうその作品のインパクトを決定づけるか?」にありますが、ゴーカイジャーはこの2つが絶対にぶれなかった作品の魅力であり特徴であったと思います。
 
 
 
基本的な目的・・・というか話を大まかに説明すると、ザンギャックを追い払った大戦争・・・すなわち「レジェンド大戦」で力を使い果たした34のスーパー戦隊の変身能力は「レンジャーキー」という鍵状の物へ変化し、それが宇宙へと散らばるわけです。
 
それを拾ったのはまだ「海賊戦隊」結成前のゴーカイレッドが乗船していた船の船長で、と。
 
このレンジャーキーは、使ったものをその戦隊へと変身させる役割を持つのですが、それはただ単に姿や能力・技が同じなだけであり、その力の根源は「大いなる力」として、その戦隊ヒーローとして返信して戦っていた本人たちの中に宿っており、認められたり和解したりするとその戦隊の「大いなる力」を入手するという仕組み。
 
そしてその大いなる力を全戦隊分集めると、彼らが捜している「宇宙最大のお宝」への突破口が見えてくるわけです。
 
 
レジェンド戦隊に変身する事を「ゴーカイチェンジ」と呼び、大いなる力を発動させるには、そのレジェンド戦隊のレンジャーキーを力が宿った状態で鍵穴に挿す必要があります。
 
 
 
このゴーカイジャー、一聞すると「仮面ライダーディケイド」の戦隊版パロディのように思えますが、しっかりその出演当時のオリジナルキャストが出てきて、レジェンド戦隊の「その後」が描かれていたり、レジェンド戦隊がゴーカイジャーを「後輩」として激励する場面が見られたりと、歴代ライダーを出してその上歴代を散々汚した醜悪なカリカチュアまで堕ちた「ディケイド」とは、それこそ天と地の差があるのですが、「元ネタ」としては、やはりディケイドが根底にあると思われます。
 
う~ん、やはり仮面ライダーとスーパー戦隊とでは基本フォーマットに掲げているのは戦隊の方が素材良いのだろうか。
 
歴代戦隊へのリスペクトっぷりが半端ないです。
 
 
また、レジェンド戦隊が関連していない話でも細かいネタが出てきたりして、ニヤニヤさせられますねw
 
例えば1話で出てきたマーベラスたちが食事をしようとして間もなくぶっ壊される事となるカレー屋の「スナックサファリ」は、「太陽戦隊サンバルカン」で毎回登場していたレギュラーのお店ですし、タイムレンジャーのレジェンド回でゴーカイジャー達が遭遇した母子が「タイムイエロー」のドモンの恋人だったり、最終回1話前で前作「ゴセイジャー」のお世話係だった天知博士、「マジレンジャー」で魁の同級生だった山崎さん登場など、戦隊ファンなら「おおっ!」と思わせられる要素も多数散らばっています。
 
 
更に、34のスーパー戦隊もオリジナルキャストは全戦隊分登場し、「歴代作品のヒーローが全員1つの作品に出てくる」という、35周年に恥じない大盤振舞いも見られました。
 
 
 
 
しかし、難点としては、34の大いなる力のうち、いくつかは映画の方に回されてしまったのは少々残念ですね。
 
まぁ、1年で34個も話割いてられないのですが、何かとメッセージ性高かったり、重要度の高い戦隊が映画に回されていたのはやっぱり痛手ですね。
 
おま、ゴレンジャーとゴセイジャーは本編でやんなきゃダメだろうwwww
 
 
 
 
 
 
そして、これだけのお祭り要素を掲げときながら、メインとして描かれているのは、やはり「ゴーカイジャーとしての」エピソードなんですよね。
 
お祭り作品と言えば、ウルトラマンはメビウス、仮面ライダーはディケイドと来ますが、ディケイドは論外と考えても、メビウスも良く見ると実は「ウルトラ兄弟が出演する」という要素を欠いて視聴したとすれば、他の平成作品と比べて話が若干薄っぺらい傾向にあるんですよね。
 
元々「ウルトラ兄弟がいた世界と繋がった世界観で作品を作る」というスローガンで作ってたから大ヒットしたわけで、そうでなかったら「・・・で?」ってなってたわけですよ。
 
 
 
そういう意味でゴーカイジャーはお祭り作品の中では唯一「単品作品としても成功していた作品」だったと思います。
 
そもそも、「何で全戦隊が集合する作品なのに、主役が海賊なの?」とかマジに思っちゃいましたからねw
 
 
 
この5人は「宇宙人」だったから話に深みが生まれたわけで、もしこれが地球人だったら、それこそただの「戦隊版ディケイド」の汚名を被る事になっちゃたと思います。
 
彼等はレッドが元々海賊だった、という以外では全員海賊とはほとんど無縁の宇宙人ですが、全員悲しい過去や果たせねばならない因縁を持っていて、それが徐々に1人ずつ浮き彫りにされていきます。
 
 
 
 
過去の因縁や辛い過去を5人が持っていて、それを「自由を求める海賊」として宇宙を旅するなんて、それこそロマンにあふれるではありませんか!
 
 
また、彼等は戦隊史上恐らく最初で最後の「1話の時点ではまだ正義のヒーローではない」スーパー戦隊だった事も印象的です。
 
「悪の組織と戦う事を目的としない」戦隊は、私の大好きなボウケンジャーがそれこそ当てはまるのですが、ボウケンジャーはプレシャス保護の為に遅い来るネガティブシンジゲートを薙ぎ払ったりするするんどえすが、ゴーカイジャーの場合は完全に「お宝を探しに地球に来た」のであり、1話では「この星もザンギャックに滅ぼされる」などと前代未聞な事を口走ります。
 
しかし、やっぱり悪ぶってはいても弱い物を虐殺したり残忍な行為を働く者に対しては「気に入らないモンはぶっ潰す」と、銘打ってはいないものの、悪を許さないという点では同じなんですけどねw
 
 
 
また、彼らは「宇宙人」なので、この星に関する知識も、スーパー戦隊の事に関しても全く知識がない所から始まるのも面白いポイントだったと思います。
 
Wikiの説明にもありますが、地球人と触れあいながら、地球について知っていくこと、レジェンド戦隊から「ヒーローとは何か」を教えられる彼らの成長が、本作の2大見所ではないかな?と。
 
 
 
 
 
私が戦隊の中で一番好きな作品は「鳥人戦隊ジェットマン」なんですけど、そのジェットマンの設定もしっかり生かされていたのには涙目でした。ちゃんとブラックコンドル死んでるわ・・・。
 
 
 
 
 
 
 
でも、やっぱりここまでお祭り要素満載の作品でも、若干不満はあるのですよ。
 
 
1つ目は敵組織の魅力の無さでしょうか。
 
初期メンバーから明らかに「やっつけ」な宇宙帝国ザンギャック。
 
ヒーロー物はヒーローにかっこいいことを言わせる、やらせるも大事ですが、敵にもカリスマ性があったり、主人公と同じくらいスポットが当たってなきゃダメだと思うんですよ。
 
それに比べてこのザンギャックは、明らかにゴーカイジャーに倒されるためだけに存在しているように思います。
 
ライダーと違って戦隊はメインターゲットは子供と一緒に見る親ですから、悪役は怖く分かりやすい方が良いんでしょうけど・・・。にしてもこれはやり過ぎwちっとも敵側に魅力を感じませんw
 
中盤で出てくるバスコ・ダ・ジョロキアはライバル系キャラかと思いきやただの外道な野郎でしたし、後半で退場する戦闘力皆無の司令官ワルズ・ギルも「馬鹿息子」の汚名返上の為に何かするかと思いきや、海賊たちに一度勝ったくらいで大はしゃぎ、2戦目であえなく敗退という厨ニキャラ、ダマラスも地味なイメージが強く、どれも明らかにキャラ付けが適当過ぎですw
 
1番酷かったのは息子であるワルズ・ギルの敵討ちの為地球にやってきた皇帝のアクドス・ギルで、後半はバスコ戦メインであったため殆ど登場せず。登場したとしても指令席で腕組みしてるだけのほぼ要らないキャラです。
 
かといって皇帝放置でスポットが当たり続けているバスコも、悪のカリスマどころか外道要素全開w何の為に皇帝空気にしてまでお前出てきてんだよ・・・w
 
そんな皇帝がバスコが倒された瞬間ゴーカイジャーにとってのラスボス化するのですから、もはやギャグとかそういうレベルじゃありませんねw
 
唯一可能性あった皇帝に仕えるザツリグとダイランドーも、ザツリグは魅力出せないまま1話で敗退、ダイランドーも居なくて良いキャラでしたし・・・。
 
 
今年は戦隊お祭り作品でしたが、どうか敵サイドのスポットの当て方は工夫してほしかった気がします。
 
 
 
前々作の「シンケンジャー」の血祭ドウコク、前作「ゴセイジャー」の救世主のブラジラが凄く魅力的だったので、この劣化は残念です。
 
ゴーカイジャーはヒーロー物見始めて初めて「敵側に好きなキャラが1人もいない作品」になっちゃいましたし・・・。
 
 
 
 
 
 
もう一つは追加戦士であるゴーカイシルバーの異常プッシュ。
 
彼は唯一の「地球人」で、本来は宇宙人の中に紛れ込んだ地球人、という設定だからこそドラマが生まれるはずなのに、そんなことは無く・・・。
 
酷いのはそんな事じゃない、猛プッシュだ。ガレオンバスターが出るまでトドメはずっとシルバーの必殺、完全豪快王出るまで必殺はシルバーのロボ。おまけに厨ニ。
 
そして最終回、まさかの皇帝との一騎打ちはレッドと他の4人ではなくシルバー。トドメにガレオン持つのもシルバー。しかも唯一シルバーだけ強化形態有り。お前いい加減にしろ・・・。
 
でも、全く戦隊に知識がないゴーカイジャーへの「ナビゲート役」として戦隊オタクを追加戦士にしたのは良策だったと思います、レジェンド戦隊とゴーカイジャーの接点が増えた気がして。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とにかく、若干欠点はあったものの、素晴らしい作品だったと思います。
 
ラストはまさかのアカレンジャー・海城剛でシメ〆とか!
 
 
 
まだ観ていない方は、是非DVDで見てみて下さい。
 
 
それでは!
 
 
 
 
  1. 2012/02/21(火) 23:42:16|
  2. 作品紹介
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

侍戦隊シンケンジャー

新書庫展開!!
 
玩具レビュー、日記で、少々ワンパターン化されつつある我がブログですが、そろそろ新たなジャンルに臨むべき・・・と思いまして。
 
って事で、新書庫を展開!これなら長続きしそうですし、様々なファン様に楽しんでもらえそうと思いましたので。
 
基本的にこの書庫では、私が見た特撮、アニメ、漫画、映画の「作品としての」レビューを投稿しようかなと思っております。
 
私が見終わった、テレビで放送終了した、絶賛放映・連載中ではあるが、途中感想など、と。
 
ブログでやってる「フィギュアレビュー」が「作品レビュー」になるわけで、「まだ視聴していない方」や「作品を知らない方」に、作品としての面白さや魅力、更には製作秘話などを。
 
逆に、作品を知っている方には、「そういう見方もある」や「新たな発見」など、ある程度通な方々にも楽しんで作品レビューが読めるようにしたいと思います。
 
勿論、その作品の「短所」にもしっかり触れていきます、あくまで「レビュー」ですのでw
 
実は私の「フィギュア、特撮」以外の趣味が「映像作品鑑賞」に当たるわけですが、如何せん最近はフィギュアフィギュアばっかで、その成分を取り入れることができてないので、この書庫で簡単に見た作品に触れることで、自己満足的な何かも得たいと(蹴
 
 
 
 
まぁ、タイトル名の法則はやっぱりフィギュアレビューと同じで「作品名」をそのまま記事のタイトルにして、その作品に触れていく形にしたいです。
 
 
 
では、早速。
 
 
 
 
 
 
私の中で、今嵌っているのは、過去戦隊の視聴であります。
 
最近は昭和戦隊にも魅せられていますが、最近当時ちょっと見限っていた「侍戦隊シンケンジャー」を見返しまして。
 
これ、超面白い!
 
いや~今まで見限っていた自分がバカの様に思えてきました。
 
って事で、第1弾は記憶に新しい「侍戦隊シンケンジャー」をピックアップ。
 
 
 
 
まだ見てない人の為に一応ストーリーを。
 
[ストーリー]
この世とあの世の狭間を流れる三途の川に棲む妖怪・外道衆。外道衆は遥かな昔から人間たちを襲い苦しめてきたが、300年前より外道衆と戦い続けてきた者たちがいた。
彼らの名は侍戦隊シンケンジャー。志葉家の当主とその家臣で構成された“侍”たちである。彼らはモヂカラと呼ばれる不思議な力を操りながら戦い、先代当主の時代には、外道衆の大将・血祭ドウコクの封印に成功した。
時は流れ2009年。志葉家の現当主を務める志葉丈瑠は、当初はシンケンレッドとして一人で外道衆と戦っていたが、外道衆の本格的な攻勢が始まることを察知した後見役の日下部彦馬は、いずれ一人での戦いに限界が来ることを危惧し、家臣の子孫である4人の若者を招集した。
 
(Wikipediaより抜粋)
 
 
 
 
スーパー戦隊第33作目に当たり、私が受験生まっただ中の時に放送されていた戦隊であります。
 
部活動引退、生徒会引退、リア充覚醒から引退、彼女らしき人物との会合から失望、塾での思い出など、青春してたなぁとか思い返されますが、とりあえずこのシンケンジャーは毎週欠かさず見ておりました。
 
 
 
特徴としては、カクレンジャー、ハリケンジャーに次ぐ「和風戦隊」かつ「侍」がモチーフで、戦闘スタイルはチャンバラそのもの。
 
しかし戦隊はライダーの前座と言うかオマケ程度で見ていたので、当時は惰性以外の何物でもありませんでした。
 
特にも、戦隊メンバー内では、「レッド」を「殿」とし、それ以外の4人を「家臣」と設定しているので、メンバー内にこれまで以上に明確な格差が存在しています。
 
中でもシンケンレッド=志葉丈瑠は4人とは一線を画す強さで、外道衆を圧倒します。
 
その「格差」な設定が当時は嫌で、今回見返すまでは実は敬遠していた戦隊であります。
 
戦隊ってのは「レッドがリーダー、残り4人のうち誰かがサブ」という設定を持ちながらも、基本的にメンバー全員平等である、という物でしょ?とか。シンケンの場合は肩書こそはレッド+その他みたいな設定ですしね。
 
しかしその設定が、実はシンケンジャーの人間ドラマを盛り上げる要因にもなっていたわけで。
 
「殿」「家臣」という明確な格差設定の故、第1話からそれは既に生かされていました。
 
胸を熱くさせるのは「お前たちに戦う覚悟があるのか?」とレッド(殿)が問う第1話のシーンで、他の4人が迷いとどまるところ。
 
これまでの戦隊はどちらかというと「悪を倒すのはヒーローとして当たり前」とか、「それが彼らの仕事」という風潮でしたが、このシンケンジャーの魅力は「悪と戦う為に必要な物」とか「戦う覚悟」とか、そういうのを謳っていたところですかね。
 
正に武士道、といったところでしょうか?
 
「主従関係」という、戦隊にはあまりにも似合わな過ぎる関係ですが、基本的に全員濃いキャラになっています。
 
レッド以外はお供その1とかその2みたいな扱いになると思わせといてのこれ。やっぱシンケンはこのギャップが好きですね。
 
キャラ描写を1人1人しっかり、は他戦隊でもやってる気がしますが、シンケンの魅力は何と言っても侍らしからぬ家臣たちが、殿の為に頑張る姿。
 
不器用で一番視聴者と近い立場の現代人グリーンと、気弱なりに殿の為に戦おうとする頑張り屋のイエロー。
 
しかし、後作品である「ゴセイジャー」では、こういう描写がほぼ皆無になってしまったのは寂しいところです。素材自体は良かった戦隊なんですがね。
 
 
話は戻りますが、「何を持って戦っているのか?」「お前は何がしたいのか?」とか、そういう描写が最近の中ではしっかりしていたので、いざ戦闘の場面になると、この上ないカタルシスが味わえたり。
 
やっぱり「ヒーロー物」に欲しいのは「ベタだけど鳥肌モノの展開」だと思うんですよ。
 
見方サイドの誰かが視聴者目線で疑問を投げかけ、ヒーローがその答えをぶつける、しかもその答えは決して絶対的にかっこいい、飾り立てたものではなく、ヒーローだって我々と同じなんだ、という答え。
 
やっぱり単純だけどこの展開が王道だと思うんですよね。
 
同年放送の「仮面ライダーW」でも、等身大で決してヒーローの器ほどは持ち合わせていない翔太郎だからこそ、最後は幸せになれたわけですからねw
 
この「シンケンジャー」が未だにファンから絶大な支持を得ているのは、やはり「燃えポイント」をしっかり理解してるからだと思うんです。
 
「敵と戦う前に、名台詞を残す」「ライバルとの戦いを特にアクション多めに」「BGMの使いどころ」
 
とにかくシンケンジャーはこういうのの折り込み方が他の戦隊と比べてもうまかった。
 
これは「戦隊版ワンピース」だな、と(笑)
 
 
 
 
 
まだ見ていない人には強度のネタバレになるのですが・・・、実はレッドは正式な殿ではなく、影武者で、本来志葉家の後継者なのは、志葉家のお姫様である志葉薫だったという事には驚きでしたね。
 
そこで、元々1番強かった殿様が、実はそれまでの努力が実っただけだという事を知りました。
 
今までの戦隊は「レッドはリーダーなんだから強いの当たり前」とか、「そういう家計の元で育ったんだし」という風潮だった気がしますが、姫の登場により、丈瑠は元々備わった才能の力ではなく、影武者の任を任されて「家臣を守りたい」という思いから自分で訓練したんだなぁと納得w
 
やはり、この作品が言いたかったことは「元から絶対的なヒーローなんていない」って事なんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、敵は、前作のコミカルで子供にも人気があった敵組織「ガイアーク」とは一転して、残忍かつ「正に外道(笑」な敵怪人の外道衆。
 
近年の中では一番やることがえげつなかった気が・・・。
 
最近の中では確実に一番「悪」でしたね。
 
やはり子供番組で、メインターゲットは子供とイケメン目当ての一緒に見るお母さんなのですから、悪役は分かりやすく怖い方が良いんでしょうけど。
 
大将の血祭ドウコクも王道の悪キャラで、怒ると手が受けられなくなる設定とか、中々悪役として魅力的だったきがしますw
 
あと、ドウコクは「特捜戦隊デカレンジャー」以降で唯一「組織が1つしかない中で、最初から最後まで存在してたラスボス」です。
 
一貫して1つの敵を倒す事を目標にしてた事も、シンケンの評価が高い理由かも。
 
あと、「薄皮太夫」が、ゲキレンジャーのメレ同様、ドラマ性の強い敵側ヒロインだったというのにも注目です。
 
残忍っちゃぁ残忍な外道衆ですが、その中にも等身大のキャラがいたのが面白かった。
 
 
 
 
 
 
何だかんだ、今回見直してみて、当時は設定が受け入れられず見ながらも敬遠していたのですが、感想は「やっぱり面白い」という事ですw
 
ヒーローに必要な物を、間接的にしろ直接にしろしっかりと伝えている。
 
「仮面ライダーW」と並んで、ライダー&戦隊で両方面白い年というのも凄いw
 
 
 
 
 
とにかく、まだ見てない方には、やっぱり視聴を進める作品です。
 
 
 
 
 
次回以降も、戦隊プッシュ多めになりそうで・・・。最近戦隊フィーバーな物で^^
 
 
 
それでは!
 
 
 
  1. 2012/02/10(金) 20:09:23|
  2. 作品紹介
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。